最近SNSで、「日本人の貯蓄中央値が倍になった!」みたいな投稿が流れてきます。
正直、最初は私も「おお、みんな豊かになってきたのか」と思いました。平均値ではなく“中央値”が上がるのは、数字としての意味が大きいからです。
でも、冷静に考えると違和感があります。
中央値が倍になるって、相当な変化です。
仮に原因が「金融資産(株や投信)の上昇」だとすると、日本人の真ん中あたりの人が、みんな“資産が倍になるような金融商品”をうまく持っていたことになります。
……そんな景色、見えますか?
この記事は、統計そのものを否定したいわけではありません。
ただ、統計データは「取り方」や「見せ方」で、誰でも驚く数字を作れてしまう。
そして怖いのは、そういう数字が政治や制度の“前提”として使われることです。
統計は万能じゃない:まず「家計の金融行動に関する世論調査」を知る
この話題の元ネタになっているのは、J-FLEC(金融経済教育推進機構)が公表している「家計の金融行動に関する世論調査」です。
2025年版は、調査時期が「2025年6月20日〜7月2日」、調査方式は「インターネットモニター調査」と明記されています。つまり、銀行や証券口座の残高を照合した“実測”ではなく、あくまでアンケートです。
さらに、この調査でいう「金融資産」は、いわゆる“手元の現金”や“引き落とし用の普通預金”などが除外されます。調査票には「運用のため、または将来に備えて蓄えている部分」と書かれており、日常の出し入れ用の預貯金や現金は対象外です。
ここがポイントで、SNSで見る「貯蓄が増えた/減った」という実感と、統計上の“金融資産”はズレやすいんです。
それでも数字が暴れる理由:統計は「取り方」で別物になる
「中央値が倍」みたいな話が出ると、ついこう考えたくなります。
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株が上がったから?
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新NISAの効果?
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みんな金融リテラシーが上がった?
でも私は、この結論に飛びつくのは危険だと思っています。
なぜなら統計は、次の3つが動くだけで数字が大きくブレるからです。
1)定義が違えば、数字は“同じデータでも別物”になる
「貯蓄」と言う人もいれば、「金融資産」と言う人もいます。
さらに金融資産の中でも、現金を含めるのか、生活口座の普通預金を含めるのか、株・投信だけを指すのかで、金額はまるで変わります。
実際、J-FLECの調査では“日常の出し入れ用の預貯金”が除外されています。
つまり、「生活防衛資金はあるけど投資はしていない人」は、この統計上は“金融資産が少ない”とカウントされやすい。
逆に言えば、「投資に回している人」の数字が目立ちやすい統計です。
2)ネット調査×自己申告は、どうしても偏る
2025年調査はインターネットモニター調査です。
ネット調査が悪いわけではありません。
ただ、ここには構造的なクセがあります。
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回答する時点で、すでに“回答できる余裕”がある人が残りやすい
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資産が少ない人は答えたくない(または無回答になりやすい)
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資産が多い人も答えたくない(または「だいたい」で申告する)
つまり、統計は「答えた人の世界」です。
答えなかった人、答えを濁した人の影響は、表からは見えません。
3)中央値は“真ん中”だけど、分布が動くと大きく跳ねる
中央値は平均値よりマシ…と言われがちです。
たしかに平均値は、一部の資産家に引っ張られます。
でも中央値も万能ではありません。
中央値は「真ん中の順位」なので、
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0〜100万円の層が少し減る
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100〜300万円の層が少し増える
この程度でも、真ん中の位置がスッと動くことがあります。
体感として“全員が豊かになった”わけではなくても、分布の形が変われば中央値は跳ねます。
「金融資産の上昇が原因」は、説明として成立しにくい
ここが今回の核心です。
もし中央値が本当に倍になるほど家計が豊かになったのなら、国民の真ん中あたりが、短期間で資産を倍にするような運用成果を出している必要があります。
ですが現実には、そんな「平均的に倍になる金融商品」が都合よく存在するなら、投資界隈はもっと前から大騒ぎになっています。
つまり、“金融資産が上がったから中央値倍増”という説明は、言い方は悪いですが、かなり雑です。
少なくとも、根拠としては薄い。
そして実際にJ-FLECは、2025年の公表資料について「一部誤りが見つかったため確認作業中、確認後に再掲載する」と案内しています。
この時点で、SNSの切り取り数字をそのまま結論にするのは危険です。
本当に怖いのはここ:いい加減な統計が“政策の前提”になる
統計のズレが怖い理由は、SNSの炎上を眺めるためではありません。
もっと現実的な話です。
政治や制度は、統計を前提に設計されます。
もし「国民の資産は増えている」「真ん中が倍増している」という数字が一人歩きすると、どうなるか。
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支援はもう不要だろう
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自助努力ができるはずだ
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負担増でも耐えられるだろう
そんな空気が作られやすい。
結果として、生活が苦しい層の感覚が置き去りになります。
“庶民感覚がない制度”が生まれるのは、政治家だけの問題ではなく、前提に置かれる統計の雑さも一因です。
統計を出す側に求めたい最低限:おかしい数字は検証してから出してほしい
私は、統計を公表する側(調査機関)に、最低限ここだけは守ってほしいと思っています。
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異常値が出たら、必ず再チェックする
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定義や除外項目を、もっと目立つ形で示す
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速報値と確報値を分け、途中の数字を断定させない
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SNSで拡散されやすい箇所ほど、注釈を厚くする
統計は“武器”になります。
でも、武器は扱いを間違えると、弱い人から先に傷つきます。
統計に振り回されないために:読む側ができる3つの防衛策
最後に、私たち個人ができる「数字との距離の取り方」をまとめます。
1)期間をそろえる
「この1年で増えた」と言うなら、何年何月〜何年何月なのか。
都合のいい期間を切り取れば、上がったようにも、下がったようにも見せられます。
2)定義を確認する
貯蓄なのか、金融資産なのか。
現金や生活口座は含むのか。
この違いだけで体感とズレます。
3)中央値“だけ”で安心しない
中央値が上がっても、下位が置き去りなら格差は残ります。
平均値が上がっても、上位だけが伸びただけなら生活は楽になりません。
数字は1つで判断せず、複数の指標をセットで見る。
これが一番の自衛策です。
まとめ:統計は便利。でも「信じすぎる」と危ない
統計は、社会を大づかみに把握するための便利な道具です。
でも、統計は現実そのものではありません。
定義・調査方法・回答者の偏りで、いくらでもブレます。
そして一番困るのは、そのブレた数字を前提に、政治や制度が“正しい顔”をして進んでしまうことです。
「中央値が倍になった!」という派手な数字に飛びつく前に、いったん疑って、定義と期間を確認する。
投資でも生活でも、結局いちばん強いのは、こういう地味な確認作業だと思っています。
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